事務局便り   03−3589−4905
第六十四便 (H18/3/30) 担当 太田
桜咲く・・・
まだちょっと肌寒いですが、事務所非常階段から見える立派な一本桜は一昨日から満開となっています。心なしか昨年より花の色が少々薄いように感じますが、まあ気のせいでしょう。
この週末お花見の予定を立てておられる方も多いと思います。予報を見ると、東京近辺お天気いまいちのようでちょっと残念です。
桜といえば、旧日本軍によって植えられたものが国の恥ではないかという論争がお隣中国で沸き起こっているといいます。中国・武漢の武漢大は桜の名所で知られているのだそうですが、その桜を植えたのがかつての敵国日本だったというわけです。
アンケートによれば「恥ではない」が「恥である」を若干上回っているといえ拮抗しており、まさか反日感情のはけ口になってしまうとは、可哀想な桜もあったものです。せっかく咲いても「国の恥」じゃなあ。
この論争、我々日本人にはまったくピンときませんが、このピンとこないということについて、養老孟司氏がどこかに面白いことを書いておられました。
いわゆる思想というものを全部借り物ですませてきた日本人だからこそ明治維新も敗戦後の復興もあった。「無思想という思想」はインド人が発見した数字の「0」と同様画期的なものである。
とはいえ「無思想という思想」は強固な世間(司馬遼太郎いうところの日本のかたち)というものがあってこそはじめて成り立つものである。どうやら今その世間が壊れつつあるのではないか(思想の入り込む余地が生まれてしまう)、とお話は続くのですが、なるほどこんな国は他に例がないかもしれません。ようするに、世界のあたりまえは日本で通用せず、逆もまた真なりなのです。
したがって、中国、日本どちらがヘンという議論は愚の骨頂、世界から見れば我々こそ圧倒的にヘンということで勝負ありです。
そんな我々が、「世界一般」というあまりにも強固な「世間」に対し、「無思想の思想」という満塁ホームランをかっ飛ばせるか否か、おそらく養老氏は世界平和の鍵はそのへんにあるぞ、とその著作を通じ我々に自らの希望を託しているに違いありません。
日本政府もこの手の日本人観を中国や韓国にどんどん紹介できるよういろいろ計らえばいいのになあ、と桜を眺めながら思う今日この頃です。
新緑のシーズン間近ということで、サイトリニューアルしました。今後とも当事務所をよろしくお願いいたします。また来週!!

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