第六部 債務整理の関連知識   03−3589−4905
2 給料差押その他の強制執行のしくみ
(1)はじめに
債務整理をするにあたって最も怖いことの1つは,「債権者から給料を差し押さえられてしまうのではないか?」ということであり,債務整理のご相談を受けるときにも,給料の差押を受けたりしないか,というようなご質問を受けることがよくあります。
給料の差押をはじめとする,債権者が債権を回収するために,法的手続によって債務者の財産を取り上げてしまう手続のことを「強制執行」といいます。強制執行の手続は『民事執行法』という法律に規定されていますが,その内容はかなり複雑であり,弁護士の間でも強制執行手続は一種の専門分野として研究されているほどのものです。
そのため,強制執行手続全体について一般の方に分かりやすく説明するなどということはかなり無理がありますし,一方で給料の差押等への対策を考えるためであれば,民事執行手続全体を理解することは必ずしも必要ではありません。よって,ここでは債務整理を行うにあたり,債権者が行う給料の差押に対する対策を考えるのに必要な最低限度の範囲で,強制執行のしくみに関する基礎知識の解説を行います。
(2)「強制執行」とは?
「強制執行」とは,一言で言えば法律上認められた権利を,国家権力の力を借りて強制的に実現するための手続です。
例えば,AさんがBさんに対し100万円を貸しましたが,返済期日を過ぎてもBさんはお金を返してくれず,Bさんに会って返済を求めても全く取り合ってもらえないとします。このような場合,法律上AさんはBさんに対し100万円の返還を請求することができ,裁判所に訴えを起こせば,Bさんの側に特に反論がない限りBさんはAさんに100万円を支払えという判決を出してもらえますが,判決が出されてもBさんはそれを無視して100万円を返そうとしない場合,何らかの方法によりAさんがBさんから強制的に100万円を回収することができなければ,法律も裁判所の判決も事実上強制力がなく,あまり意味がないものになってしまいます。
そこで,Aさんが判決をもらってもBさんがお金を返さないという場合,Aさんは裁判所に「強制執行」を申し立てることができます。具体的には,仮にBさんが自宅の土地建物を所有している場合には,Aさんはまずその土地建物を差し押さえてBさんが勝手にこれを処分できないようにし,さらにその土地建物を裁判所の強制競売手続にかけて売却します。そして,その土地建物の売却代金からAさんが100万円を受け取ることによって,Aさんは100万円を強制的に回収することができる,というわけです。
強制執行手続は,金銭債権の強制執行とそれ以外の強制執行の2種類に大別され,金銭債権の強制執行は,さらに不動産に対するもの,動産に対するもの,債権に対するものの3種類に大別されます。給料の差押は,債務者が勤務先に対して有する「給料債権」に強制執行をかけるものですので,「債権に対するもの」に分類されます。
なお,強制執行はお金を支払え(金銭債権)とか,ある物を引き渡せ(特定物の引渡請求権)といった権利を実行することはできますが,法的強制になじまない権利(婚約者に対し結婚を求める権利など)を強制執行により実現することはできません。また,離婚請求や不動産の登記請求といった権利は,確定判決をもらえばそれに基づいて単独で戸籍や登記上の手続をすることができますので,「強制執行」ということで特別なアクションを起こす必要はありません。
(3)強制執行には「債務名義」が必要
強制執行を行うには,「自分が法律上強制執行をする権利を持っている」ことを証明する書面が必要であり,これを「債務名義」といいます。
なぜ強制執行に「債務名義」が必要かといいますと,例えばAさんがBさんに対し100万円を貸していて,返済期日になってもBさんがお金を返したいので,強制執行により100万円を回収したいと考えているとします。しかし,Aさんが本当にBさんにお金を貸したのかどうか,本当にBさんがお金を返していないかどうかなどということは,AさんとBさん以外の人にはよく分からないのが通常です。そして,もしかしたらAさんの言っていることは全く嘘かも知れないのに,Aさんの言い分だけに基づいて執行官がBさんの財産を差し押さえたり,勝手に売却してしまったりすれば,Bさんは不当な損害を蒙ることになります。
よって,このような場合,Aさんはまず裁判所に訴訟を起こさなければなりません。そして,裁判所がAさんとBさん両方の言い分を聞いた上で,Aさんの言い分が正しいと判断した場合には,BさんはAさんに対し1000万円を支払えという判決を出しますので,その判決をもらって,はじめてAさんはBさんに対し強制執行をすることができるようになるわけです。
「債務名義」となるものについては,民事執行法22条で以下のものが列挙されています。
@ 確定判決
A 仮執行の宣言を付した判決
B 抗告によらなければ不服を申し立てることができない裁判(確定したものに限る)
C 仮執行の宣言を付した支払督促
D 訴訟費用または和解の費用の負担の額を定めた裁判所書記官の処分
E 執行費用及び返還すべき金銭の額を定める裁判所書記官の処分(確定したものに限る)
F 金銭の一定の額の支払またはその他の代替物若しくは有価証券の一定の数量の給付を目的とする請求について公証人が作成した公正証書で,債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述が記載されているもの(執行証書)
G 確定した執行判決のある外国裁判所の判決
H 確定した執行決定のある仲裁判断
I 確定判決と同一の効力を有するもの
このうち,@の確定判決以外で実際に比較的よくあるものはA,C,F,Iです。
Aの「仮執行の宣言を付した判決」というのは,民事訴訟では判決の内容に不服がある場合には控訴や上告などをすることができるため,控訴や上告などにより判決内容が変更されることがなくなった(確定した)後でないと,判決をもらっても債務名義にならないのが原則なのですが,事件が最高裁まで争われたりすると判決が確定するまで何年もかかってしまうこともあるので,裁判所が判決主文に「この判決は,仮に執行することができる。」という文言(「仮執行の宣言」といいます。)を付けた場合には,判決が確定する前でもその判決に基づき強制執行をすることができるようになっています。
Cの「支払督促」というのは,あまり争いのない事件について簡単に「債務名義」を取れるようにした制度です。簡易裁判所を通じて債務者に請求の趣旨(請求するもの),請求の原因(理由)などを書いた「支払督促」を送付し,債務者が支払督促の送達を受けてから2週間以内に異議の申立てをしないときは,債権者(支払督促の申立てをした人)の申立てにより裁判所が支払督促に仮執行の宣言を付け,これにより強制執行が可能になります。
支払督促に対し債務者が異議の申立てをした場合には,事件は通常の訴訟手続に移行することになりますが,異議の申立てには理由を述べる必要はありませんので,もし裁判所から支払督促が届いた場合には,速やかに異議の申立書を裁判所に返送するのが通常の対応になります。
Fの「執行証書」は,要するに訴訟なしで強制執行をすることができるような契約を締結したい場合の制度であり,公正証書で契約をして,かつ債務の不履行があったときは直ちに強制執行に服する旨を公証人に陳述し,公証人がその旨を公正証書に記載した場合には,公証人によりある程度法律関係の正確性は担保されているので,これに基づく強制執行が認められています。
金融業者から公正証書の作成を要求され,作成に必要な委任状や印鑑証明書を渡してしまう人は結構いるのですが,一旦公正証書を作られてしまうと訴訟なしでいきなり給料の差し押さえなどを受けてしまうので,債務整理をするときに対応が難しくなるケースも少なくありません。少なくとも,既に債務の額が大きくなり債務整理を検討しているような場合には,新たな公正証書の作成には応じない方がよいと思われます。
Iの「確定判決と同一の効力を有するもの」には,裁判所における和解調書などがあります。裁判所で和解が成立した場合には,裁判所が関与することである程度和解内容の妥当性は担保されているので,これに基づく強制執行が認められています。
(4)給料差押の手続の流れ
給料の差押は「債権に対する強制執行」の代表例の一つですが,一般に債権に対する強制執行は,債権者が裁判所に債権の差押命令を申し立てることによって開始されます。
債権者が,債務名義などの必要書類を揃えて裁判所に債権の差押命令の申立てをすると,裁判所は,債務者に対しその債権の取り立てその他の処分を禁止し,及び差し押さえるべき債務者が持っている債権の債務者(給料債権でいえば,債務者の勤務先です。これを法律用語で「第三債務者」といいます。)に対し,債務者への弁済を禁止する命令を出すことになります。これを「債権の差押命令」といいます。
債権の差押命令は,第三債務者に送達された時点で効力を生ずるため,通常は先に第三債務者に送達されます。つまり給料の差押命令は,債務者ではなく先に債務者の勤務先に送られてしまい,債務者に対する事前の予告等は一切ないので,借金を抱えていることを勤務先に知られたくない人にとっては大変な脅威となるわけです。
債権者は,差押命令が債務者に送達されてから1週間経過すると,第三債務者に対しその債権を取り立てることができ,給料の差押があった場合は,これにより給料は債権者に持って行かれてしまうわけです。なお,債権の転付命令など差押後の手続については,債務者側にはあまり関係のないものなので説明は省略します。
(5)差押禁止債権
もっとも,給料債権等についてはその全額が差し押さえられるわけではなく,債務者の生存権保護の観点から,そのうち一定の金額は差押が禁止されています。
具体的には,@債務者が国及び地方公共団体以外の者から生計を維持するために支給を受ける継続的給付に係る債権,A給料,賃金,俸給,退職年金に係る債権,及びB賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る債権については,その4分の3の金額は差押が禁止されています。
ただし,@及びAについては差押禁止部分の金額は月額33万円が上限とされていますので,受けている給料が月額44万円を超える場合には,33万円を超える部分の全額が差し押さえられてしまいます(なお,給料が日払いの場合は,日額11,000円として計算します)。Bについては,賞与等に対応する期間の長さに関係なく,差押禁止部分の金額の上限は33万円ですので,賞与が44万円を超える場合は,そのうち33万円を超える部分の全額が差し押さえられます。
なお,退職手当及びその性質を有する給与に係る債権については,金額に関係なく,その4分の3の金額は差押が禁止されます(なお,退職金についてその8分の1を清算価値に含めるというのは,破産や民事再生の手続における実務上の運用基準であり,これらの手続きによらない強制執行の場面では,8分の1を超える金額の退職金も差し押さえられてしまう可能性があります。
ちなみに,子供の養育費等に関する債権に基づき強制執行をする場合は,上記にかかわらず,給料等でもその2分の1までは差押が可能であり,また国税の滞納処分等による差押の場合は,差押禁止債権の範囲は上記と取り扱いが異なり,年金に対する差押と同様の基準になります(詳細は第6部の3「年金も差押の対象になるの?」の該当部分を読んで下さい)。
(6)給料差押への対抗策
債務整理をする際に,債権者からの給料差押に対抗する方法は,自己破産と個人再生の場合とで違いがあります。
個人再生の場合,再生手続開始の申立てをした後は,債権者からの訴訟や強制執行手続等について,裁判所に中止命令を申し立てることができます。そして,再生手続の開始決定が出された後は,新たな強制執行等の申立てはすることができず,既にされている強制執行手続も中止されることになっていますので,再生手続開始の申立てをすること自体が給料差押に対する一定の対抗策になります。但し,開始決定が出るまでの間は,申立人に給料の差押等を中止する権利が保障されているというわけではありませんので,例えば給料の支払日直前に差押命令が出されると,裁判所からの中止命令が間に合わず,1回分の給料が差し押さえられてしまうといった事態が発生することはあり得ます。
(7)給料以外の財産に対する強制執行について
これまで,主に給料の差押を中心に説明してきましたが,給料以外の財産,つまり家財道具などに対する強制執行についても若干の説明を加えておきます。
不動産や家財道具などの動産に対する強制執行は,それらの財産を差し押さえて裁判所の強制競売手続により売却し,その代金が債権者に支払われるものであり,差押にあたり事前の予告等はありませんが,強制競売の手続は複雑であり,どうしてもある程度の時間がかかるので,差押を受けてから財産を持って行かれるまでには最低数ヶ月程度の猶予期間のあるのが通常です。
また,以下の@からMまでの財産については,法律上差し押さえることができないものとされています。
@ 債務者等の生活に欠くことができない衣服、寝具、家具、台所用具、畳及び建具
A 債務者等の一月間の生活に必要な食料及び燃料
B 標準的な世帯の二月間の必要生計費を勘案して政令で定める額の金銭(66万円)
C 主として自己の労力により農業を営む者の農業に欠くことができない器具、肥料、労役の用に供する家畜及びその飼料並びに次の収穫まで農業を続行するために欠くことができない種子その他これに類する農産物
D 主として自己の労力により漁業を営む者の水産物の採捕又は養殖に欠くことができない漁網その他の漁具、えさ及び稚魚その他これに類する水産物
E 技術者、職人、労務者その他の主として自己の知的又は肉体的な労働により職業又は営業に従事する者(前二号に規定する者を除く。)のその業務に欠くことができない器具その他の物(商品を除く。)
F 実印その他の印で職業又は生活に欠くことができないもの
G 仏像、位牌その他礼拝又は祭祀に直接供するため欠くことができない物
H 債務者に必要な系譜、日記、商業帳簿及びこれらに類する書類
I 債務者又はその親族が受けた勲章その他の名誉を表章する物
J 債務者等の学校その他の教育施設における学習に必要な書類及び器具
K 発明又は著作に係る物で、まだ公表していないもの
L 債務者等に必要な義手、義足その他の身体の補足に供する物
M 建物その他の工作物について、災害の防止又は保安のため法令の規定により設備しなければならない消防用の機械又は器具、避難器具その他の備品
(なお,依頼者などの方の中には,20万円未満の財産が差し押さえられることはないと思っている方も時々いるのですが,20万円というのは破産手続上の運用基準であり,破産しない場合の強制執行手続においては,上記@からMまでのいずれにも該当しない財産は,例え時価20万円未満のものであっても差し押さえられてしまいます。)
(8)仮差押について
強制執行をするには「債務名義」が必要ということは(3)で説明したとおりですが,法律上は未だ債務名義を取得していない段階でも,債務者の財産(給料債権を含む)を仮に差し押さえることが認められる場合があります。
すなわち,債務者の支払能力等に不安があるなど,判決が出るのを待って強制執行を行ったのでは,事実上強制執行ができなくなるおそれがある場合には,民事保全法という法律に基づき,判決が出るまで債務者の財産を仮に差し押さえることが認められており,これを仮差押といいます。
ただし,仮差押をするには高額の保証金を必要とすることから,消費者金融などの業者が一般消費者に対し債権回収の手段として仮差押をしてくることはほとんどなく,実際に仮差押をしてくる可能性があるのは,今日では商工ローンなど一部の悪質業者くらいですので,あまり心配はしなくてよいと思われます。
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